交通安全コラム

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第205回 地上最高速の争い(39)―時速100マイルを超える争い(1)―

前回は、ダラック社とゴブロン社の争いと100マイル達成、英国からの侵略者を紹介した。今回は、合衆国を舞台に、侵略者の英国ネーピア車による新記録達成の苦闘を紹介する。

新大陸進出
大陸での競技の手応えに自信を得たネーピア社は、大西洋対岸の新大陸にも挑戦することを決意し、英国の実力を世界に示そうと、1905年の年明けに、6気筒90馬力のネーピア車(図1)をフロリダのオーモンド・デイトナ海岸に送った。
ドライバーは、若いスコットランド出身の努力家のアーサー・マクドナルド(図2)だった。

図1 マクドナルドが速度記録挑戦に使ったネーピア 
図2 ネーピアで速度記録に挑戦したアーサー・マクドナルド

彼の前途には、幾つかの困難が待ち受けていた。砂浜の状態は非常に悪く、アメリカ人は彼を迎え撃つ態勢を整えていた。コースには、風が砂を吹き寄せて作った岩のような固い小さなうねりが全長に亘って続いており、時速100マイルで走るには極めて厄介な状況だった。

少ない予備走行時間
その上、時間管理が臨機応変なため、マクドナルドの予備走行の時間がわずか4時間になってしまった。
1905年1月25日、本番スタートの合図の旗が振られ、マクドナルドがアクセルペダルを床まで踏みつけると、クルマは1-1/4マイルで最高速に達した。計測区間に入ったことをピストル音が知らせた。クルマが砂の堆積に乗り上げる度に、彼はハンドルと格闘しなければならず、後輪は度々空転した。大西洋から突風が強襲して進路を逸らせるので、その度にハンドルと格闘を続けるうちに、ピストル音が鳴り響いて計測区間の終わりを告げた。

新記録樹立
大勢の人がアメリカ自動車協会(AAA)の主任計時員の周りに群がった。マクドナルドの公式タイムは、1マイル区間34.4秒で時速104.65マイルの新記録だった。彼は、この走行に関して、帰国後の記者会見で「走路のさざ波状の凹凸との共振が1マイルも続いたことがあって、疲れて危険な状態だった」、「昨年バンダービルトが記録を出した時のように、路面がビリヤード台の表面のようになめらかだったら、ネーピア車はもっと良いタイムを出せただろう」と述べている。ほどなく、巨大な緑色のメルセデスがスタート地点に向かった。一人のアメリカ人が、アンクルサムの実力を英国野郎に見せてやろうと、即座に受けて立ったのだ。それは、ボストンの財産家のハーバート・ボウデンで、彼はひとえに馬力の威力を信じていた。

今回は、合衆国を舞台に、侵略者の英国ネーピア車による新記録達成の苦闘を紹介した。次回は、2台のエンジンを搭載した大馬力車による米国人富豪の反撃を紹介する。

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