交通安全コラム

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第210回 地上最高速の争い(44)―スタンレー兄弟の蒸気自動車(3)―

前回は、スタンレー兄弟がふたたび製造することになった蒸気車の概要を紹介した。
今回は、兄弟が支援した同僚の蒸気車の活躍と兄弟の新たな革新的な蒸気車を紹介する。

◆ウォグル・バグ
スタンレー兄弟の同僚で近隣の住民だったルイス・ロスは、兄弟の援助で、スタンレー車の機構を使って、“ウォグル・バグ(丸く太った胴体の仮想の昆虫名)”の愛称で呼ばれる自身の蒸気レーサー(図1)を、スタンレーの工場から遠くない自宅の地下室で組み立てた。これには、二つの、ボア(直径)2.5インチでストローク3.5インチのスタンレーのシリンダーと、1インチ当たり800ポンド(約55気圧)の蒸気圧で使うスタンレーの16インチ径のボイラーを搭載していた。エンジンの出力は、当時スタンレー社で働いていた人によれば20馬力ということだった。(ウォグル・バグは、物語「オズの魔法の国」のキャラクターで、当時、日曜版の新聞マンガでも活躍し人気を博していた。)

1  ルイス・ロスの蒸気レーサー“ウォグル・バグ”

◆ロスの善戦
このクルマで、ロスは、1905年のオーモンド・デイトナ海岸のトーナメントに出場し、時速94.5マイルを記録した(図2)。しかし、残念なことに、この記録は、マクドナルドのネーピアによる新記録、時速104.65マイルと、同じ日のボウデンの二つの60馬力エンジンを積むメルセデスによる、それを上回る時速109.75マイルによって霞んでしまった。

1905年1月のオーモンド・デイトナ海岸でのトーナメント

スタンレー蒸気車のエンジンとボイラーを使って製作したルイス・ロスの“ウォグル・バグ”号の、1905年のトーナメントでの善戦と、競技主催者からの要望もあって、フランシス・スタンレーは、1906年のフロリダ州オーモンド・デイトナ海岸でのスピード・イベントのために、彼自身のレーサーを作ることにした。

◆妖精のような蒸気車
スタンレーは、実用車では当時の一般的なデザインを踏襲していたが、レーサーでは、伝統にとらわれず、機能的な設計を選択した。そのため、スタンレーレーサーは「妖精のような蒸気車」と呼ばれ、現在のレーシングカーと比較しても、古さを感じさせない革新的なクルマとなった。
スタンレーレーサーの蒸気エンジンは、同じ2気筒であったが、ロスのウォグル・バグのボア(直径)2.5インチでストローク3.5インチのシリンダーに対し、ボアが4.5インチに、ストロークが6.5インチに拡大され、同時に、直径16インチだったボイラーは、直径30インチに強化された。

今回は、兄弟が支援した同僚の蒸気車の活躍と兄弟の革新的な蒸気車の誕生を紹介した。
次回は、ロケットと命名される新しい蒸気車の詳細と記録挑戦のドライバーを紹介する。

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