交通安全コラム

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第234回 地上最高速の争い(68)―英国からの挑戦(3)―

前回は、英国車初の記録を達成したギネスの挑戦と彼の経歴、次なる挑戦者を紹介した。
今回は、次なる挑戦者キャンベルのサンビーム350馬力車購入の失敗から記録挑戦までの経過を紹介する。

◆ハンドルを握って死にたい
第一次大戦では、キャンベルは英国空軍でパイロットを務めたが、戦後は、ブルックランズで、ギネスをはじめ、名だたるドライバー達と週末をレースで過ごし、かなりの評判を築き上げた。エリザベス朝様式の農家の古い納屋を転用した彼のガレージでは、メカニックが、いつも4~5台のレーシングカーの整備をしていた(図1)。
彼は、自動車の高速運転が飛行機の操縦よりもはるかにスリリングなことを実感し、仕事以外の時間をすべてモーターレーシングに費やし、「ハンドルを握って死ねたら本懐だ」と言うほどの入れ込みようだった。

図1

◆購入失敗
キャンベルが、レース仲間が樹立した記録を破ろうと決心した時、それができるクルマはギネスが記録を作った350馬力V12気筒サンビームしかないと考え、サンビーム社のコータレンに、その購入を申し入れた。コータレンは速度記録保持車を自分の手元に置いておきたかったので、それを拒絶した。キャンベルは粘り強く何度も懇願したが、コータレンも頑なに売ることを拒否した。
◆借用成功
ソルトバーンでヨークシャー自動車クラブがスピードトライアルをやると聞いた時、キャンベルは、直線の長いその砂浜なら、ブルックランズのようにバンクに妨げられることがないので、サンビームはさらに速く走れる可能性があると確信した。コータレンが記録保持車の売却を拒否していたので、今度は、その借用を提案した。その作戦が成功して、コータレンは貸し出すことに同意した(図2)。

図2

◆軽快なエンジン音
キャンベルが、1922年6月17日ソルトバーンで350馬力サンビームのハンドルを握った時、この最初の挑戦で速度記録を達成できるという自信に満ちていた。砂浜を南下するクルマの軽快なエンジン音は、チーフメカニック、レオ・ビラ(図3)の注意深い整備の成果を示していた。
そこで、キャンベルは、背筋を伸ばして尻をシートバックに強く押しつけ、スロットルペダルを全開にした。加速は極めて良く、約2マイルの長い直線路の走行で、クルマは計測区間に入る前に余裕を持って最高速に達した。

図3

今回は、挑戦者キャンベルのサンビーム350馬力車購入の失敗から記録挑戦までの経過を紹介した。
次回は、キャンベルが確信した記録達成とその顛末を紹介する。

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