交通安全コラム

交通安全コラム

第243回 地上最高速の争い(77)―三つ巴の争い(5)―

前回は、トーマとエルドレッジの鍔迫り合いをお伝えした。
今回からは、続いてふたたび競争心を掻き立てられたキャンベルの奮闘をみていきたい。

◆公道での最後の記録
次の土曜日の1924年7月12日、警察は、エルドレッジのために朝4時から7時まで公道の交通を閉鎖した。早朝の低い気温でエンジンの調子が出ず、最初の走行は幾らか遅いものになった。しかし、エンジンが暖まるにつれて、走行速度は期待通りに高まり、観衆は恐れて道路の端から身を引くほどになった。そこで、彼はメフィストフェレスの性能を絞り出し、双方向の平均で、フライング1マイルで時速145.89マイル、1キロで146.01マイルの速度を達成した。このフライング1キロは新記録として公認され、彼は、公式にトーマを打ち破った。これは、公道を使って達成された最後の速度記録である。

◆ブルーバードの流線形化
マルコム・キャンベルが目標としてきたギネスの記録を、先に、二人の競争相手に公式に破られてしまったので、彼の世界記録達成への思いの激しさは増すばかりだった。しかし、彼は、記録達成の方策を冷静に検討し、エンジンの出力向上もさることながら、空気抵抗を低減する流線型化が速度向上に効果的であることに気付いた。そこで風洞実験を行って、350馬力サンビーム“ブルーバード”の尾部を長くし、ラジエーターカウリングを流線型化し、ハンドブレーキレバーに覆いをつけ、排気管を取り除いた(図)。

図1

◆フェンヌ島での再挑戦
1924年8月、流線型化されたブルーバードの準備は整い、記録挑戦の舞台として、ふたたびデンマークのフェンヌ島で行われるスピードトライアルが選ばれた。
キャンベルは、過去に3回公式記録を上回る速度を出してはいるが、その計時方法が承認されていないという理由で、公認記録としては認められなかった。今回は、彼は、英国自動車クラブ経由で、デンマークでの彼の走行を公式に計時するように依頼し、記録を破るつもりなので、パリの国際機構が必ず彼に公認を与えるように、と念を押した。

◆不十分な観衆の安全対策
キャンベルがフェンヌ島に着いてコースを確認したところ、観衆は、わずか一本のロープでコースから隔てられているだけだった。それでは観衆の安全への配慮が不十分であると考え、彼は、これを主催者側に指摘した。しかし、彼が、コースで大きな漂着物を回避するため激しく蛇行したことがあっても、安全対策は改善されなかった。そのため、キャンベルにとっては、観衆の安全が大きな精神的負担となった。

今回は、エルドレッジの記録に挑むキャンベルの対策と記録挑戦の舞台を紹介した。
次回は、安全管理が不十分だったコースでの不幸な出来事と次の挑戦の準備を紹介する。

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