交通安全コラム

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第247回 地上最高速の争い(81)―大物新人の登場(2)―

前回は、ライバルの挑戦前に、キャンベルの既存ブルーバードによる記録更新を紹介した。今回は、サンビーム社の新しい4Lサンビームと、そのドライバーとなる新人を紹介する。

◆4Lサンビーム
4Lサンビームのコンセプトは、レーシングカー的な設計で、比較的小型でありながら、大きな航空機用エンジンを搭載したライバルを打ち負かそうとする野心的なものだった(図1)。搭載されたエンジンはV12気筒ではあるが、グランプリカー仕様の設計で、排気量はわずか3976ccだった。しかし、一基のスーパーチャージャーにより、毎分5300回転で306馬力の高出力を発揮した。

図1

◆大物新人の登場
サンビーム社が4Lサンビームのドライバーとして採用したのは、ヘンリー・シーグレイブだった(図2)。彼は、1896年にアイルランド人を父、アメリカ人を母として生まれ、イートン・カレッジを卒業している。第一次大戦では兵役に就き、機関銃射手として前線で負傷する。その後、戦闘機パイロットとなり、再び重傷を負うが回復し、航空技術顧問を務めるが、冒険心のはけ口となるスポーツへの熱望が、彼を、サンビーム・タルボ・ダラック-レーシングチームの一員にさせることになった。

図2

◆強烈な闘志
レーシングチームでは、1922年に350馬力サンビームで速度記録を樹立することになるケネルム・リー・ギネスがNo.1ドライバーを務めていた。新人のシーグレイブは、何とかしてチーム監督であったコータレンに実力を認めて貰おうと懸命だった。彼の強烈な闘志を如実に示す、チーム加入の年の終り間近の1921年10月の、ブルックランズ200マイルレースでのエピソードが伝えられている。

◆No.1ドライバーを出し抜く
 このレースでは、監督のコータレンが、No.1ドライバーのギネスをトップでフィニッシュさせるつもりであることを、メカニックから知らされた。そこで、シーグレイブは、自分が重要なレースで優勝する十分な能力があることをコータレンに証明して見せようと決心し、ギネスが気付かないことに賭けて、スタート直後の混乱の中で突進してトップに立った。ギネスは彼がトップに出たことを知らなかった。

今回は、新しい4Lサンビームと、そのドライバーとなる新人の経歴と、彼のエピソードを紹介した。
次回は、彼のチーム内での確固たる地位の獲得と、記録挑戦者への抜擢を報告する。

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