交通安全コラム
第255回 地上最高速の争い(89)―トーマスの悲劇―
- Date:
- 2022/04/15
- Author:
- 佐野彰一(元東京電機大学教授)
前回は、様々なトラブルに阻まれた、トーマスの記録挑戦の経過をお伝えした。
今回は、トーマスの挑戦の顛末と時速200マイルを狙うシーグレイブの提案をお伝えする。
◆トーマスの断頭
消火の結果、煙が治まって人々が目にしたのは、頭をもぎ取られ運転席からだらりと半身を出している人体の痕跡だった。右側のチエンが切れてカバーを貫き、首が後ろから前頭にかけて背骨からきれいに切り離されてトーマスは死亡していた。彼をクルマから引き出すと、焼け焦げた肉臭があたりに充満した(図1)。
◆原因に諸説
この悲劇的な事故のきっかけについては幾つかの説がある。一般的に受け入れられているものは、何かの物体を跳ね上げたためか、トーマスが余りにも急速にスロットルを閉じてエンジンブレーキを掛けたので、右側のチエンが切断された、というものである。しかし、右後輪が最初に壊れ、そのスポークが挟まったためにチエンが切断されたのだ、と考える人たちもいる。
◆バブズの埋葬
クルマの残骸は、翌日、トラクターに引かれて町のガレージに運ばれた。確認の後、チームのメンバーがクルマを砂丘の背後に埋めた(図2)。トーマスの着ていた革の上着が切り裂かれて脱がされて一緒に埋められ、石で塚がつくられた。トーマスの遺体はブルックランズに戻され、そこの教会墓地に葬られた。バブズの埋葬地点は、のちに防衛省の所管となり、ロケット実験場としてコンクリートで舗装されて近づけなくなった。
◆200マイルは達成不可能
話は変わって、シーグレイブの提案で、サンビーム社が時速200マイルに届くクルマを造る計画を決定した時、多くの専門家からそれを危ぶむ意見がでた。時速180マイル以上で遭遇する予想できない空気抵抗と、タイヤの耐久性の問題から、そのような大きな飛躍は困難で、時速200マイルの達成は不可能であるという見解だった。
◆達成方法は高出力
計画の陣頭に立つコータレンは、その意見を認めることを拒否した。彼は、何とかしてサンビーム社に記録を奪い返す機会を与えたいと考え、既存の記録より大幅に高い速度に到達する最良の方法は圧倒的な高出力だ、との結論に達した。そこで、彼は、大馬力の航空エンジンを、一つでなく二つ使うことを決定した。
◆1000馬力のナメクジ
クルマには、サンビーム社のV12気筒22444ccで出力500馬力の航空用“マタベル”エンジンをドライバーの前に一台、後ろに一台搭載することになった(図3)。そのため、重量は、ネーピア-キャンベルより1トンほど重くなり、4トン近くになった。この新しいクルマは、その出力を強調して1000馬力サンビームと呼ばれることになるが、その外形から“ナメクジ”という愛称も付けられた。