交通安全コラム

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第257回 地上最高速の争い(91)―時速200マイル突破(2)―

前回は、1000馬力サンビームの台上試験とシーグレイブによる試走を紹介した。
今回は、続いてのデイトナ海岸での記録挑戦の経緯をお伝えする。

◆計時トラブル
高速走行を始めると、観衆がテープに触ったことが原因で、計時装置が記録した速度に大きなバラツキが現れた(図1)。シーグレイブはもっと速く走ったと自信を持っていたにもかかわらず、計時を担当した米国自動車協会(AAA)は、安全側を取って、最も低い値である時速166.34マイルを選択して発表した。

図1

◆挑戦は失敗
目標は時速200マイルだと、広く知れ渡っていたので、新聞記事に載ったこの速度を見て、読者は、あたかも挑戦が失敗であるかのように受け取った。挑戦失敗の噂が広まると、サンビーム社は、その出費を株主から非難されるので、この状況にシーグレイブは胸を痛めた。彼は、なんとしても成功しなければならないとの責任感から、記録走行の前から非常な緊張を強いられた。

◆3万人の観衆
 1927年3月29日火曜日、赤いサンビームがコースでスタートを待っている時(図2)、砂丘には3万人もの観衆が並んだので、彼らはシーグレイブの頭だけしか見ることができないほどの盛況となった。シーグレイブは、28の計器を確認する最終チェックに忙しく、トーマスの断頭を思い出すことや、駆動チエンを囲う保護ガードのことなど考える余裕はまったくなかった。

◆向かい風の走行
10時30分ごろ、向かい風となる北向きの走行で第一回の挑戦が開始された。激しい風の抵抗を避けるため、彼はコックピットに低く座った。およそ時速90マイルで2速に変速した。前面のカウルが改良されたにもかかわらず、強まる風の抵抗がヘルメットとゴッグルを引っ張った。時速135マイルでギヤレバーをトップに入れた。彼が計測区間の入口に近づくにつれて、赤いクルマの速度はさらに高まった。

◆突然の横風
突然横から風が吹き付けてクルマの進路が乱れた。シーグレイブは、即座にハンドルで修正したが、クルマの反応が遅れたため操舵量が過大となった。クルマは逆方向に向きを変えるので、彼はハンドルと格闘しなければならなかった。計測区間を走行中は、彼は、出口の赤と黒の縞の看板を目標にクルマを直進状態に保つために奮闘した。

図2

◆浅瀬で減速
彼は、旗を何本かなぎ倒したが、辛くも計測区間を通過してブレーキを踏んだ。一瞬だけ効いたが、あとは何の反応もなく、クルマはそのまま高速で走り続けた。突き当たりは川で、左右は海と砂丘だ。彼は、躊躇なく海を選び、間欠泉のようにしぶきを上げながら、海水の助けを借りて減速した。エンジンが止まらなかったので、自力で陸に戻った。それはどこにも損傷のない最善の選択だった。溶けてしまったブレーキの代わりに新品が取り付けられ、タイヤが交換された。

今回は、シーグレイブによる1000馬力サンビームでの記録挑戦の往路の苦闘をお伝えした。
次回は、斜め追い風に助けられる復路での走行による記録達成の模様をお伝えする。

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