交通安全コラム
第262回 地上最高速の争い(96)―英米のバトルの幕開け(3)―
- Date:
- 2022/08/01
- Author:
- 佐野彰一(元東京電機大学教授)
前回は、米国のデイトナ海岸での新ブルーバードの最初の走行の模様をお伝えした。
今回は、キャンベルの九死に一生を得たこの走行による新記録達成の経過を報告する。
◆運転本能
キャンベルは、古巣のブルックランズでは、長い間トップクラスのドライバーだった。その運転本能が、その時、彼にとって代わった。彼はブレーキを掛けず、右側を上げたままのクルマをそのままにしてスキッドを続けさせた。スキッド中のタイヤの負担は非常に大きかったが、バーストしなかった。徐々に速度が低下し、クルマは、間もなくコントロールが可能になった。
◆タイヤ交換を失念
2万人の大観衆は一連の出来事を目の前で見た。観衆の一人だったキャンベル夫人は、夫が事故を起こしそうになるのを見ると素早く眼を覆い、観衆がキャンベルは無事だと告げるまで、眼をふさいだ手を離そうとしなかった。
コースの南端ではタイヤを交換しなければならない。しかし、キャンベルは、ショックが非常に大きかったので、これを失念して北向きの走行を開始してしまった(図)。
◆疲労の極み
計測区間の入口に近づくと、彼はハンドルを掴む手に力を込めた。しかし、幸いなことに、戻りの走行では、クルマは突起に乗り上げることはなかった。風は、相変わらずクルマをコースから逸らそうと激しく吹き続け、彼は、クルマを直進に保つために疲れ果て、クルマが停止した時、そのまま深い眠りに落ち込みそうな状態でコックピットから助け出されるほどだった。
◆新しい世界記録
キャンベルは生涯で最もきわどい命拾いをした。シートからほとんど放り出されそうになった経験は、彼に、高速走行ではシートベルトで身体を拘束することが絶対に必要であることを認識させた。しかし、彼のフライング1マイルの双方向平均速度は時速206.956マイルで、新しい世界記録だった。一人の英国人が、もう一人の英国人の記録を更新した。
今や、この記録を英国から奪うことができるか否かは、二人のアメリカ人の双肩に懸かることになった。
◆天性のドライバー
キャンベルの記録達成の数日後、24歳のフランク・ロックハートが合衆国側の先陣として名乗りをあげた。彼は、生まれながらのメカニックで、かつ、天性のドライバーだった。彼は、カリフォルニアでクルマを自作してダートトラックレースを始め、ボード(板張りの)トラックレースで、大衆車T型フォードをチューニングアップした貧弱なレーシングカーで、高性能なデューゼンバーグやミラーを相手に善戦して評価を高めた。
今回は、新ブルーバード最初の走行での、キャンベルの新記録達成の経緯を報告した。
次回は、ロックハートのインディー500での活躍と、挑戦する車両の詳細を解説する。