交通安全コラム
第266回 地上最高速の争い(100)―美女と野獣の戦い(3)―
- Date:
- 2022/10/01
- Author:
- 佐野彰一(元東京電機大学教授)
前回は、大型大馬力トリプレックスでのレイ・キーチの記録奪取の努力と経過を紹介した。
今回は、合衆国の英国から記録奪取を成功させたキーチの奮闘と新たな挑戦者の出現をお伝えする。
◆糠喜び
追い風の帰路は時速220マイルに達した自信があった。キーチは、キャンベルの記録を超える平均速度を達成できたことを喜びながら、正確な値を知るため、AAA(アメリカ自動車協会)の計時員のもとに急いだ。しかし、「計測装置が正常に作動しなかったので、記録は公認されない」と予期しない言葉を聞かされ、記録の達成は容易ではないことを思い知らされた。彼は、「もう一度走って見せるので二度と失敗しないように」と念を押すほかはなかった。
◆キーチの奮闘
次の走行では、キーチがトリプレックスの巨大なエンジンから、これまで以上の出力を引きだそうとした時、突風でクルマが砂丘の方に吹き寄せられた。しかし、彼は、可能な限りの力を振り絞って奮闘し、速度の低下を防ぎながらクルマの進路を保つことに成功した(図1)。続いて、クルマが砂浜の畝を乗り越える度毎に、車輪がすべて地を離れるという過酷な試練に晒されたうえ、エンジンにバックファイヤーが起こって、右腕に火傷を負った。

◆記録奪取成功
キーチは計測装置の調子を心配したが、今度は正常に作動した。記録は、向かい風では1マイル17.86秒の時速201.56 マイルだが、追い風で16.83秒の時速213.90マイルを達成し、平均時速207.552マイルに公式な承認が与えられた。彼は、キャンベルの記録を時速0.596マイルの差で破ったのだ。アメリカ人がドライバー、合衆国で造られたクルマ、アメリカの地で達成された記録により、合衆国が、ついに英国から世界記録を奪うことに成功した。
◆ロックハートの再挑戦
その直後の1928年4月25日、同じアメリカ人のフランク・ロックハートが、キーチから記録を奪い取るべく、整備を終えたブラックホークをデイトナに持ち込んだ。キーチも、記録が奪われたらすぐに取り返せるようにと、トリプレックスを用意して待ち構えた。観衆は、洗練されたブラックホークを見て(図2)、ロックハートがキーチを打ち負かすのは間違いないものと考え、関心は、どれだけの幅で記録を更新するのかに絞られていた。

今回は、合衆国の英国から記録奪取を成功させたキーチの奮闘と新たな挑戦者の出現をお伝えした。
次回は、新たな記録挑戦者ロックハートの期待された4回の走行と予期せぬ悲劇をお伝えする。