交通安全コラム
第268回 地上最高速の争い(102)―大英帝国の雪辱(1)―
- Date:
- 2022/11/01
- Author:
- 佐野彰一(元東京電機大学教授)
前回は、新たな記録挑戦者ロックハートの4回の走行と予期せぬ悲劇をお伝えした。
今回は、記録を奪われた英国側の動向、目標時速240マイルの車両の開発をお伝えする。
◆合衆国の勝利
合衆国と英国との戦いの第二ラウンドは、合衆国の勝利に終わった。ロックハートの死にもかかわらず、キーチによって達成された合衆国のための記録は光り輝いていた。しかし、英国側も、祖国のためにこの記録に挑む準備を進めており、局面は、マルコム・キャンベルとヘーン・シーグレイブの二人の争いに発展する。一方、アメリカ側も、もし、英国人が合衆国から記録を奪ったら、さらなる挑戦をする準備を進めた。
◆砂浜コースの欠点
キャンベルは、ペンダインの経験から、砂浜コースは記録達成には理想的ではない、という結論に達していた。理由は、ホイールスピンがひどくて速度が出ない。砂浜のすべての条件が風と潮によって支配されている。そのうえ、コースが比較的狭い、ということだった。彼は、クルマにもっと良いチャンスを与えるため、条件がコントロールしやすい内陸のコースの探索を始めた。
◆目標240マイル
一方、シーグレイブには、新たなクルマが用意されることになった。このクルマは純英国製で、特に名前を明かさない二人の裕福なスポーツマンの資金援助で開発されたといわれている。マシンは、サンビーム社で1000馬力車のすべての詳細構造設計を行い、誰よりも予想される速度での条件を熟知しているJ. S. アービングによって、時速240マイルを目標として設計が行われた。
◆金色の矢
このクルマは、設計の初期段階で、最も傑出した流線型の存在である、前年のシュナイダー・トロフィー・エアレースで優勝した有名なスーパーマーリンS.5水上機の胴体をモデルにすることが決められた。クルマは同じ形式のエンジンで推進される(図1)。空気抵抗を減らすために、前面投影面積は僅か3×4の12平方フィートである。空気抵抗だけではなく、安定性を確認する徹底的な模型風洞実験が行われた。著名なコーチビルダーによって製作されるボデーは金色に塗られ、 “ゴールデンアロー”号と命名されることとなった。

◆ゴールデンアロー
時速240マイルを目標として採用された排気量24000ccの12気筒ネーピアエンジンは、4気筒のシリンダーブロックが共通のクランクケースに3列放射状に取り付けられており、これが車体前部のバルジの形状が複雑な理由である。(図2)。最大出力の900馬力が、強力な多板クラッチを通じて、時速81、166、246マイルで発揮される変速比を持つ変速機から、2本のプロペラシャフトで左右別々に後輪を駆動する。

今回は、記録を奪われた英国側の動向、目標時速240マイルの車両の開発をお伝えした。
次回は、ゴールデンアローの車体の詳細と走行試験、記録挑戦の経過をお伝えする。