交通安全コラム

交通安全コラム

第296回 地上最高速の争い(130)―記録争いの再開(3)

前回は、走路の条件が悪化したボンネビルの状況と相次ぐトラブルを紹介した。
今回は、コップの新記録樹立と彼亡き後のボンネビルでの記録挑戦の状況を見ていく。

◆計測区間中も加速
クルマは計測区間に突入し、区間通過中も加速を続けた。終了のマーカーが飛び去ると、彼は、何回にも分けてブレーキを踏み、残りわずか数百メートルのコースを残して停止した。ボデーが取り外され、新しいタイヤとホイールが取り付けられ、かき氷が入れられ、点火プラグが交換された。時速385.645マイルというメモが届けられた。

◆記録は400マイルに届かず
帰路の走行でもタイヤはホイールスピンをしていたが、計測区間中の速度は上昇を続けた。時速403.135マイルのメモが届けられた。彼の1マイル区間の平均は時速394.196マイル、1キロ区間は時速393.862マイルで、時速400マイルには届かなかった。しかし、一方向ではあるが、彼は時速400マイルを超えた初めての人になった。

◆残り数時間
翌日は豪雨で、塩平原は5~15cm水没したので、コッブは時速400マイルを超えて記録を伸ばす試みはできなかった。彼は、ボンネビルで7週間の準備の後、わずか数時間を残すところで、かろうじて記録を更新することができた。彼の記録は、世界記録の歴史で、他のいかなるものよりも長く破られずに留まることになる。
コッブは、1952年、ネス湖での水上速度記録挑戦中に時速200マイルで、原因不明の航跡のような渦に遭遇して事故死した(図)。怪物の仕業と言う人もいた。

スライド1

◆ホットロッド熱
ボンネビルのスピードトライアルや他の乾湖や滑走路での催しは、自分達のクルマで時間との勝負をしたいと願っていた若者にその機会を与えた。古いT型フォードのラジエーターを使い、チューニングした乗用車エンジンでボンネットを膨らませたクルマから、羊の衣を被ったオオカミの様な新型セダンまで、さまざまな姿でホットロッド熱が蔓延した。

◆ドロップ・タンク・スペシャル
第二次大戦の戦闘機の翼端燃料タンクをボデーに利用したドロップ・タンク・スペシャルや、醜く無骨だが、量産エンジンを極度にチューニングした加速のよいドラグスターも現れた。一方、戦前のメルセデス・ベンツやアウトウニオンの流線型のボデーワークに触発された洗練さで、目覚ましい性能を持つ記録挑戦車もつくられた。

◆残るのは世界記録
これらのスプリント性能狙いの努力は、多数のアメリカ人にエンジンから最大パワーを絞りだし、それを効果的に車輪に伝え、短距離で高速に達する方法を教えた。時速200、250、300マイルは普通となり、ドイツのクラスレコードは一つずつ餌食になった。唯一攻略されずに残るのは世界速度記録だけの様相を呈した。

今回は、コップの新記録樹立と彼亡き後のボンネビルでの記録挑戦の状況を報告した。
次回は、乏しい資金で世界記録に挑戦し、落命した勇敢な一人のアメリカ人を紹介する。

<前の画面へ戻る

Page Top

SSL GlobalSign Site Seal