交通安全コラム
第307回 地上最高速の争い(141)―時速600マイルへの野望(2)
- Date:
- 2024/06/15
- Author:
- 佐野彰一(元東京電機大学教授)
前回は、アルフォンズの記録挑戦敗退と、新たなアメリカ勢、ブリードラブを紹介した。今回は、ブリードラブの時速600マイルを意識したジェットエンジン車の開発の経過を紹介する。
◆時速600マイル
彼が世界速度記録挑戦を考えた時、単にジョン・コッブの時速394.2マイルの現行記録を超えることを意図しただけではなかった。ドナルド・キャンベルを始め、チャレンジャーⅠの存在や他の挑戦者の動向を知っていたので、時速600マイルに到達できる原動力を思考した。彼は、オスティッチのジェット推進の“フライング・キャデューシアス”号の計画は知らなかったが、同じジェット推進を選択することになった。
◆タイヤ駆動は限界
航空機や船舶が、プロペラやスクリューでは到達速度に限界があるのと同様に、地上の車両も車輪では速度に限界がある、と彼は考えた。現在の車輪駆動の記録挑戦車は、走行抵抗がタイヤの粘着力の限界に近付いている。これ以上近付くとタイヤの空転、クラッチのスリップ、駆動系の破損が起こる。これが、回転力ではなく推進力を選択したブリードラブの考察だった。
◆ジェットパイロットの協力
彼には、良い友人に恵まれるという幸運があった。友人達とは小学校時代から高速への関心を共有し、それぞれが、スピリット・オブ・アメリカ号計画を展開するのにすぐに役立つ資格を持っていた。その一人がジェットパイロットのマイク・フリーブライアンで、空軍放出品市場に出るゼネラル・エレクトリック社製のJ47ジェットエンジン(図)の採用を提案し、彼の助けでその一台を見つけて購入した。

◆航空会社設備での試験
友人のボブ・ジョンソンはカリフォルニア国家空域警備隊のメカニックで、たまたまそのジェットエンジンに7年間の経験があり、分解と再組立を主導して新品の状態にした。他の友人の助けで、米国最大の航空会社のひとつが所有する試験設備を借りることができ、エンジンの整備が完了し、速度記録挑戦可能な完全な状態になったことを確認した。
◆実推力は1800㎏
準備できたエンジンの最大推力は2950kgである。これは海面上で気温5度での数値であり、標高1285mのボンネビルでは空気密度は減少し、気温も高いので推力はさらに低下する。エンジンがダクトの後に置かれることでも推力は失われ、実際に使用できる正味の推力はおよそ1800kgになる。
今回は、ブリードラブの時速600マイルを意識したジェットエンジン車の開発の経過を紹介した。
次回は、この挑戦車、スピリット・オブ・アメリカ号の設計と製作経過を詳細に紹介する。