交通安全コラム

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第330回 地上最高速の争い(164)マッハ1を目指して―音速を超える―――

前回は、ロケット推進の新記録の樹立と、英国のジェット推進の記録奪還を報告した。
今回は最終回で、新しい“スラストSSC”での成功の快挙でこの連載を締め括る。

◆“スラストSSC”
音速突破を狙うノーブルの“スラスト3”計画は、スポンサーなしで1992年に設計を始めた。その後、“スラストSSC”と名を改め、レーシングカーを扱うG-フォースの援助で設計と製作が進められた。11万馬力相当の2基のロールスロイスのスペイ・ターボファンジェットエンジンを使用し、全長16.5m、幅3.7m、重量10.5トンの後輪操舵車。車輪はアルミ合金製でタイヤは使用しない(図1)。

スライド1

◆サポーターの支援
ドライバーは、30名を超える候補から英空軍パイロットのアンディー・グリーンが選ばれた。経費節減のため、SSCをブラック・ロック砂漠ではなくヨルダンのアルヤフルへ運んだが、凹凸、転石、酷暑でコース造りが難航し、3回の走行後に洪水に見舞われ撤退を余儀なくされた。有力スポンサーが現れるまでは、“マッハ1クラブ”が集めた3000人のサポーターの資金援助とグッズの販売で何とかしのいでいた。

◆有力スポンサーの出現
1997年春、ヨルダン皇室の支援による大型貨物機アントノフでSSCを再びアルヤフルへ運び、時速540マイルまで走行した。インターネットで米国行きの航空燃料の支援を訴えると、100ヵ国から1日で3万ガロンが提供された。この時点でスポンサーに加わる有力企業も現れ、アントノフは9月3日にネバダ州レノに到着した。

◆史上最大の上げ幅
ブラック・ロック砂漠では、走行39回目から速度を上げることが可能となり、9月25日には、史上最大の上げ幅の、“スラスト2”の記録を80マイル上回る時速714.144マイルを樹立した(図2)。さらに音速突破の挑戦を続け、10月7日にはマッハ0.98を記録し、テレビ局が中継を行い、視聴者は10億人に達した。

スライド2

◆地上走行初の超音速記録
13日には往路でマッハ1.007を記録したが、ドラグシュートを焼損し、復路の走行が遅れた。1997年10月15日、SSCは、衝撃音で天地を揺るがして、地上走行での世界初となる超音速の時速763.035マイル、マッハ1.016の新記録を樹立した。英国のこの記録は現在も破られていない。

なお、車輪駆動では、2018年に米国人デイブ・スパングラーが時速463.038マイルの最高速を記録している。

SSCのノーブルとグリーンは、時速1000マイルに挑戦する“ブラッドハウンドSSC”の開発を行ったが、資金難で挑戦は遅れた。
目標が高くなると、記録更新までの間隔が次第に長くなっている。この時速1000マイルの挑戦には、新たな多くの困難が予想される。
今回は、英国チームのジェット推進の“スラストSSC”での音速突破の快挙をお伝えし、その後の動向を付記した。

以上で、長期にわたるお付き合いを感謝し、9年間に及んだこの自動車の速度記録の歴史の紹介を終了とする。

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