交通安全コラム
地上最高速の争い(5)―時速100キロ突破―
- Date:
- 2017/04/14
- Author:
- 佐野彰一(元東京電機大学教授)
前回は、敗れたジェナツィーが開発した革新的な記録車とその不運な挑戦を紹介した。
今回は、ジェナツィーの再度の挑戦の結果と、決闘の意外な終幕を報告する。
◆再度の挑戦
スタートが合図され、モーターの高いうなりが静けさを破った。電流計と電圧計の針が大きく揺れた。小さな泥の塊を跳ね上げて発進した。ジェナツィーは、クルマを少しでも早く計時地点に到達させることに集中した。顔に当たる気流の感覚と、視野の中の緑地帯に駐車している見物人のクルマの流れ具合から速く走っていることはわかったが、どれだけ早く計時地点を通過したかはわからなかった。
◆燕の飛翔
この走行を途中で見ていた記者は次のように描写している。「1キロ地点からクルマが急速に大きくなってくるのが見え、翼が風を切るような低い音をたてて目の前を通過していった。すぐに見えなくなったが、クルマは地面の上を走っているようではなかった。燕が地面に沿って飛ぶように上下していた(図)。これはバネと空気入りタイヤの作用であることに疑いない。印象は強烈なものだった。事前の雨が埃を抑えたので、道には幅広いわだちの跡が鉄道線路のように一直線に白く残っていた。正確な操縦の証拠で驚くべきことだった。
◆時速100キロ突破
ジェナツィーは、計時員のところに戻って確認を急かせた。第2の1キロ区間タイムは34秒で時速65.79マイル、105.88キロ。自動車が初めて時速100キロの壁を破った歴史的快挙だった。
ジェナツィーは、伯爵が向こうからせわしげに歩いてくるのに気付き、「まだ負けないぞ」と言われるのではないかと不安になった。しかし、伯爵は、笑顔で「おめでとう、最も優れた人物が勝ったんだ」と言った。
◆赤いシャンパン
ベルギーの発明家は、これで彼の会社が黒字になることを確信し、伯爵の手を暖かく握った。彼の口にはまだ泥が残っていたが、二人で赤いシャンパンを飲んだ。まもなく激しく雨が降り出して、夜まで降り続いた。二人は電気自動車の争いの終結を祝うのに忙しく、雨のことなど気に掛けなかった。
その後3年間、ジェナツィーは地上最速の男だった。決して満足しない発明家でも、その間は、速度記録の未来は電気自動車のもの、と信じて満足することができた筈である。
今回は、記録争いの決闘の、自動車による初の時速100キロ突破と騎士道精神にあふれるその終幕を報告した。
次回は、この記録争いで使用されたクルマの、製作者と技術的な内容などを解説しよう。