助成研究者インタビュー・自己紹介
緑内障の人の安全運転のための基礎的な研究を行っています。
- Posted:
- 2015/08/25
- Author:
- 佐藤 健治(一般財団法人 日本自動車研究所 安全研究部 安全基盤グループ副研究員)
タカタ財団・2014年度研究助成の対象テーマ
「視野障害を伴う眼疾患(緑内障)における運転への影響の定量的把握に関する研究」
この研究の概要について、佐藤健治氏に語っていただきました。

40歳以上の20人に1人が緑内障の可能性
―まず、日本自動車研究所(JARI)で交通安全の研究に従事されるようになった経緯からお教えください。
私は10代の頃、楽しくて格好いいクルマを作るエンジニアになることを夢見ていました。それで大学は東海大学の工学部動力機械工学科に進んだのですが、いろいろと学んでいくうちに意識と行動が微妙に変化していきました。
「楽しいクルマを作るには、まずもって安全への視点が不可欠」。そう考えるようになり、交通安全問題の勉強にも力を入れるようになったのです。すると自分でも意外なことに、その方面への関心がどんどんと膨らんでいきまして……。 結局、自分には交通安全を研究する道が向いていると思い、JARIを就職先に選んだというわけです。
ただ、だからといってエンジニア的なことをまったくやらなくなったわけではありません。例えば私はJARIに入って以来、研究のかたわら、全方位視野ドライビングシミュレーターの開発・製作などにも従事しています。これは今回の研究にも使用した機材なのですが、360°のスクリーンのなかに実物大のクルマを置き、作動させると6軸モーションシステムとターンテーブルによって実際に運転しているのと同じ状況を再現できるという優れもの。実際の研究に使えるようにするまでには、かなり高いレベルの知識と技術を要しました。そして、今も研究ごとの設定変更を含めた高度なメンテナンスに携わりつづけています。
つまり私は、エンジニアとして働きつつ交通安全の研究に従事しており、ある意味、高校から大学にかけて夢見、考えてきたことを一挙に実現できている幸せな立場にいるというわけなのです(笑)。
―今回の研究のテーマは「視野障害を伴う眼疾患(緑内障)における運転への影響の定量的把握に関する研究」となっています。緑内障にスポットを当てられた理由はどのようなものだったのでしょうか?
数年前にドライバーの視線の配分を調べる研究に携わったときに、協力いただいた眼科の先生がこういうことをおっしゃいました。「緑内障になって視野を欠損させた高齢者が数多くいる(40 歳以上の20 人に1 人が緑内障に罹患)。そして、患者さんの中で少なからず安全にクルマを運転しつづけることを強く望んでいる。こういう人たちに役立つ研究はできないだろうか?」と。
これを聞いて私はすぐに、その研究が社会的に非常に意義あるものになるとの直感を持ちました。そもそもJARIは高齢者と子どもの安全確保についての研究を重視しており、その方針にも合致しています。それで間を置かずして、私は緑内障の人の運転に関する研究に取りかかることになったのです。
―この研究において最終的に目指されていることをお教えください。
視野が欠損している緑内障の人の運転パフォーマンスを健常者に近づけるためにはどうすればいいかを明らかにすることです。具体的には、クルマ側に緑内障の人の運転を支援するシステムを導入することや、緑内障の人向けの交通安全教育を確立することに役立つ研究にしたいと考えています。今年度に実施した研究は、そのための基礎データ収集という位置づけになります。
緑内症の人の運転行動はMD値で予測できる可能性
―では、今年度の研究の概要と、そこから分かったことなどをお教えください。
緑内障の人9名(平均年齢60.3±10.9歳)と健常者10名(平均年齢60.0±12.6歳)の協力を得て、主に以下の二つの実験を行いました。

①全方位視野ドライビングシミュレーターで左右前方15°と7.5°から歩行者が飛び出すシーンを設定し、緑内障の人と健常者の運転行動および反応時間の計測と分析を実施



②拡張現実実験車(実車の運転席前方モニターに前景の映像が表示され、運転者はそれを見ながら運転することができる)でCGによる追突、自転車飛び出し、歩行者飛び出しという三つのシーンを設定し、緑内障の人と健常者の運転行動および反応時間の計測と分析を実施



それぞれの詳細な実験結果については報告書に詳しく書かれていますが、注目すべきは、①の実験において見られた緑内障の人のMD値と運転行動および反応時間の強い相関関係です。
MD(Mean Deviation)値というのは視野の欠損の程度を表すもので、0から-6dB以上が初期、-6から-12dBが中期、-12dB以下が後期となります。そして、左右どちらかのMD値が後期(症状が進行している)は中心視において逆側の水平15°付近で感度が低下するという現象が見られます。今回実験に参加してくれた緑内障の人のほとんどが右目のMD値が悪かったために左側の感度が低下しているというケースが際立っていたわけですが、そのことが影響して、右目のMD値が悪い人ほど左15°からの飛び出し発見反応時間が多くかかるという結果がはっきりと出たのです。
これはすなわち、緑内障の人の危険な運転行動を予測するには、MD値が指標として有効であるということを如実に物語る結果だったといえます。


―MD値を指標とすることによって、緑内障の人それぞれの運転の弱点が見つけやすくなるというわけですね。
そうです。そして弱点が見つかれば、それをサポートする手立ても見つけやすくなります。
―現時点では、そこまで研究は進んでいないと思いますが、なにか想定されているサポート内容はありますか?
先ほど研究の最終目標として述べましたが、大きく、緑内障の人の運転を支援するためのクルマのシステム開発と安全教育の二つがあるだろうと思っています。
前者は、例えば音声や振動によって「15°付近から歩行者が出てくる」ことを報せるシステムや、それにともなう自動ブレーキシステムの搭載などが考えられます。
後者は、例えば「あなたは右目のMD値が悪いので、左側15°に気を付けて運転するようにしましょう」などの指導を行うことが考えられます。ただし、こうしたポイントを限定した注意喚起は、逆に他のポイントへの注意を削ぐ弊害を生む可能性もあるため、その辺りの調査・検証を充分に行ってから実施にもっていくべきだろうと考えています。
メーカー、眼科医との連携でサポートの実現を
―最後の質問です。今おっしゃったサポート例は、今後の研究の深化と、様々な団体・組織との連携の両輪があって初めて実現するものと思われますが、その点においてイメージされていることをお聞かせください。
自分の研究に関しては、より多くの緑内障の人の運転に関する基礎データを取り、より有効なサポート内容を見つけ出すための知見を蓄積していきたいと考えています。
次に、クルマ側のシステム開発によるサポートですが、これを実現するにはやはり自動車メーカーとの連携が不可欠です。今の時代のクルマづくりは自動車工学に加えて人間工学の比重が大きくなっているので、将来、私の研究内容が充実したものとなっていれば、協力いただける可能性は少なくないだろうと期待しています。
そして、安全教育については、研究の知見に基づいて眼科医と免許交付センターが連携する形を取り、そうした体制のなかで行っていくものとなれば理想的であると考えます。今、免許更新の際に高齢者ドライバーの講習予備検査が行われるようになっていますが、それに類したものとして、緑内障の検査と適切な安全教育が制度として実施されるようになることを願っています。
2014年度タカタ財団助成研究
「視野障害を伴う眼疾患(緑内障)における運転への影響の定量的把握に関する研究」概要
【研究代表者】
一般財団法人 日本自動車研究所 安全研究部 安全基盤グループ 副研究員
佐藤健治
近年の緑内障に関する疫学調査によると、40 歳以上の20 人に1 人が緑内障に罹患しているといわれており、高齢化が進む国内においてはさらに緑内障患者の増加が想定される。緑内障はタイプや症状の進行状況により社会生活において影響が様々であり、特に、自動車の運転に関しては詳細な影響が把握されていない。自動車の運転は視覚情報への依存度が高いことから、患者への社会生活のサポートや運転支援の開発のために、運転への影響を把握しておくは重要である。そこで本研究では、緑内障における運転への影響を把握するために、ドライビングシミュレータを用いて運転行動を計測した。実験では通院中の緑内障患者と健常者に協力を得て運転行動を比較した。緑内障患者においては症状の進行状況を示す視野検査結果と運転行動の関係性を分析した。実験結果から、緑内障患者は症状が進行していると健常者よりも危険対象物(飛出し歩行者等)への回避行動が遅れる傾向が見られた。また、緑内障患者の視野検査結果が危険対象物の飛出し位置によって回避行動に影響する結果が示された。本検討から、左眼が正常でも右眼の視野障害の進行状況によって回避行動に影響する傾向が見られた。今後は、緑内障の視野検査結果から社会生活のサポートへ繋げていくため、本実験での実験条件に加えて、症状の進行状況と運転行動について追加分析が必要である。これらの研究結果を通じて、緑内障患者への安全運転教育や運転支援の方策等へ繋げていくことを目指している。