助成研究者インタビュー・自己紹介
スマートフォンとドローンによる交通事故自動通報システムが、整備の遅れた地方の救急救命体制に革新をもたらします。
- Posted:
- 2016/12/27
- Author:
- 中山功一(佐賀大学大学院工学系研究科 准教授)
タカタ財団・2016年度研究助成の対象テーマ
「救急救命センターと連携する交通事故自動通報システムによる交通弱者の被害軽減」
この研究の概要について、中山功一氏に語っていただきました。

人身事故の被害者を救うための自動通報システム
―先生は、元々は人工知能の研究がご専門です。今回のような交通問題に関する研究を始めるきっかけは何だったのでしょうか?
2015年のある日、『佐賀大学の交通事故調査研究会』の阪本雄一郎教授から「人身交通事故の被害者、とくに事故に遭った歩行者や自転車に乗る人を迅速に救うために、スマートフォンを使った事故情報通報システムが作れないか。」との相談を受けたのがきっかけになっています。
実は、佐賀県は人口10万人当たりの人身交通事故発生件数が日本で一番多く、負傷者数も死者数も常に上位にくるという不名誉な状態が続いています。それを受けて阪本教授らは交通事故調査研究会を立ち上げ、佐賀県警と連携する形で事故を減らし、被害者を減らし、救うための様々な研究を積極的に行っているのです。
私は、そうした社会背景と同じ大学内における研究活動に大いに関心を寄せていましたが、門外漢なためにあまり協力できることはないだろうと思っていました。
ところが、そこに、スマートフォンを使った事故情報通報システムづくりという形での協力の打診がありました。
情報システムづくりは専門というわけでないものの、遠からず関わっている分野。これなら私にも力になれるかも知れないと思い、研究に取りかかることにしたのです。
―今回の研究は、ドローンを使った交通事故自動通報システムという内容になっています。
ドローンを使うことになったのは、やはり阪本先生との協議の中で決まったことなのでしょうか?
いいえ、ドローンに関しては私が発想しました。元々、私は最新のテクノロジーには大いに関心を持っていまして、スマートフォンを使った事故情報通報システムというテーマをいただいた時に、そこに事故現場まで飛んでいくドローンを絡ませたらより効果的になるように思えたのです。
それで、阪本先生にその構想をお話ししたら、「それは良い」と言っていただきまして……。問題は、そのドローン数機と周辺機器を揃えるための資金だったのですが、今回、幸いにもタカタ財団から助成をいただけることになり、それでなんとか2016年の4月からドローンを使った交通事故自動通報システムの研究がスタートできたというわけです。
交通網や救急救命体制が遅れた地方には有意なシステム
―改めて、スマートフォンとドローンを使った交通事故自動通報システムがどのようなものなのか、概要をご紹介ください。
先ず、交通弱者といわれる歩行者や自転車に乗る人たちが、自分の持っているスマートフォンに、事故に遭った際に自動で通報してくれる専用アプリケーションをインストールします。
そのアプリは、スマートフォンに搭載されているGPSで事故の発生位置を、加速度センサーで事故の衝撃を測ることができるものなので、事故で本人が気を失ったとして
も緊急通報を発信することができるようになっています。

それで、もしそのスマートフォンの持ち主が事故に遭ったとしたら、その通報は、例えば佐賀大学救急救命センターに届くのですが、それを受けたセンター側はすぐに現場までドローンを自動飛行させ、被害状況の映像を撮りに行かせます。そして、その映像は現場からダイレクトに救急救命センターに送られ、それを観た医師が救急救命が必要と判断すれば、その緊急性と地域の交通事情を鑑みながらドクターヘリもしくは救急車のどちらかを出動させることとなります。
【動画】
高解像度(MP4, 約150MB)
http://www.fu.is.saga-u.ac.jp/~knakayama/mov/drone.mp4
低解像度(MP4, 約17MB)
http://www.fu.is.saga-u.ac.jp/~knakayama/mov/drone_mini.mp4



―ドローンを使うメリットというと、どのようなことになりますか?
ドローンは半径3㎞ぐらいの距離を飛ぶので、佐賀県の場合でいえば、救急救命センターの他に県内すべての消防署などに配置されれば、おそらくほとんどの地域をカバーできます。
それがたとえ人里離れた場所でもです。しかも、通報からドローンが現場上空に着くまで約2分程度なので、時間的なロスが無い中で、より効果的な方法での救急救命が行えるようになります。
また、コスト的にもメリットは大きいものとなります。ドローン1機の購入は救急車1台よりは数段安い上に、ドローンが現場に行って帰ってくるまで掛かる電気代は約5円程度で済みます。つまり、イニシャルコスト、ランニングコスト共にかなり低く抑えることができるのです。さらに、ドローンは自動飛行するので、専任の操縦者が必要なく、そのための人件費も掛かりません。
これらのことを考え合わせると、佐賀県をはじめとする交通網および救急救命体制の整備が遅れている地方自治体には、非常に有意なシステムになるだろうと思っています。
―ドローンを自動飛行させるというのは、法的に問題ないのでしょうか?
これまでは、その場に操縦する人が必要で、かつその操縦者の見えないところまでドローンを飛ばすのは原則として禁止されていました。しかし、2016年の秋に、国土交通省が条件付きで目視外飛行を認める方針を出しました。救急救命という公的役割ということを考えれば、おそらく条件はクリアできるものと踏んでいます。
そう遠くない日に運用が始まる可能性は大
―2016年の4月からこの研究を始められて、現在の進捗状況はいかがですか?
スマートフォンを使った交通事故自動通報システムそのものはシンプルなのですが、そのための専用アプリの開発(異常加速度検知・警報音停止・自動通報システム等)をはじめ、通報を受けるサーバの構築、ドローン制御(タブレットアプリ作成)、スマートフォンの故障の可能性等々、それなりにやることはたくさんありました。
しかし、思いのほか順調に進んでおり、現在(2016年11月現在)、基本的なシステムは完成に近いところまできています。すなわち、ドローン制御用タブレットから3.5km以内で専用アプリケーションをインストールしたスマートフォンの所持者が事故に遭った場合、スマートフォンが誤差10m以内で位置を通報できるようになっています。そして、ドローンは通報から平均2分以内に到着し、タブレット上に映像を送信し、遠隔操作すれば事故状況が把握できるようになっています。
―では、今後、システムの完成に向けて、どのようなことを行っていかれるのでしょう?
いろいろな面において技術的な詰めが必要なのですが、なかでも喫緊に取り組むべきこととしては、専用アプリをスマートフォンの電池の消耗を抑える仕様にするということが挙げられます。
そもそも、この専用アプリは、常時ONの状態にし、いつでもGPSを捕らえ、万が一の時に直ぐに通報できるようにしておかなくてはなりません。ところが、それだと、けっこうなスピードで電力を消費してしまうことになります。そうなると、ユーザーである歩行者、自転車に乗る人たちが積極的にアプリをインストールしてくれないとか、ON状態に保ってくれないとかの問題がでてきてしまいます。こうなるとまったく意味がありません。その為、我々は、現在、電池の消耗を極力少なくできるアプリの開発を何よりも優先して進めているのです。
―つまり、システムの実用化に向けて、細部をより使いやすいものにするように詰めていらっしゃるということですね。ということは、ある程度は実用化の目途が立っていると捉えていいのでしょうか?
冒頭で『佐賀大学の交通事故調査研究会』は佐賀県警と連携して様々な研究を行っていると申しましたが、この研究も県警をはじめ、自治体側と具体的なイメージを共有する形で進めています。それ故に、技術的な完成が見られた暁には、そう遠くない日に佐賀県内において実際の運用が始まる可能性は少なくないだろうと思っています。どうか、期待していてください。

2016年度タカタ財団助成研究
「救急救命センターと連携する交通事故自動通報システムによる交通弱者の被害軽減」概要
【研究代表者】
佐賀大学大学院工学系研究科 准教授
中山 功一
佐賀県内で専用アプリケーションをインストールしたスマートフォンの所持者が事故にあった場合、スマートフォンが誤差10m以内で位置を通報し、ドローンが通報から平均2分以内に到着し、佐賀大学救急救命センターに映像を送信する。到着したドローンは遠隔操作され、医師が事故状況を把握する。救急救命が必要だと医師が判断した場合、ドクターヘリなどによりドローン到着から1分以内に医師を出動させる。このシステムにより、医師が現場に到着するまでの時間を大幅に短縮することを目標とする。2~3年目には、このシステムを、佐賀県のみならず交通網の整備が遅れている複数の地方都市に導入する。