助成研究者インタビュー・自己紹介
ドライバの心臓を高精度モニタリングすることで、心疾患による事故の防止が可能になります。
- Posted:
- 2017/01/31
- Author:
- 和泉慎太郎(神戸大学大学院 自然科学系先端融合研究環助教)
タカタ財団・2016年度研究助成の対象テーマ
「マイクロ波ドップラーセンサーを用いた車載応用非接触心拍変動・呼吸モニタリング技術の開発」
この研究の概要について、和泉慎太郎氏に語っていただきました。

心疾患による事故は重大なものとなる
―先ず、今回のような交通に関わる研究を始められた経緯からお教えください。
私はセンサーネットワークの研究を専門の一つとしていて、2011年から、生体つまり人間の心臓の拍動の様子を検知するためのウエアラブルセンサーの研究に取り組み始めました。これは、生活習慣病の一つである心疾患の予防を目的とした研究で、日常生活における心拍数などを常時モニタリングし、通常と異なる状態や疾患の兆候が検知されればすぐに対処できるようにするというものです。
この研究は数年かけてなんとか実用化の一歩手前まで行きました。しかし、センサーを皮膚に直接貼り付ける必要がある、という点が問題となり実用化一歩手前に留まっています。皮膚に直接貼り付けると人は不快に感じ、積極的に貼り付ける意思が生まれにくいことが分かったのです。もう、そうなったら、いくら技術面がしっかりしていても有用性は薄くなります。
ただ、私はセンサーとモニタリングの技術自体の有用性については確信を持っていたので、皮膚への貼り付け型のセンサーではなく、服の上からでも心臓の状態がモニタリングできる非接触型のセンサーを開発して、それを元に新たな研究を始めるべきだと考えました。それで選んだのが今回の研究です。
これまでの研究では日常生活全般を計測の対象としていましたが、今回の研究では特に車両内で計測可能なシステムの実現を目的としました。交通に関わる内容としたのは、丁度その頃、自動車運転中のドライバが心疾患による発作で多くの人を巻き込む重大な事故を起こしたというニュースに接したことが影響しています。
こうしたドライバの心疾患による事故の予防ができるようになれば、ドライバ自身の命は勿論、事故に巻き込まれる可能性のある人々の命をも救えることになるわけで、より社会的意義の大きい研究になるだろうと考えたのです。
―ドライバの心疾患による事故の予防は、どのようにして行われることになるのでしょうか。
端的にいうと、センサーが通常とは違った心拍、呼吸を感知した場合、それが車載されている警報装置に伝わり、アラートを発することをイメージしています。将来的にはクルマが発進しないとか、停止するとかの措置もあるのかもしれませんが、まだそこまでの想定はしていません。
なお、今回の研究では、心疾患のみならず、居眠りやイライラの状態も感知し、それによる事故防止=警報もできるようにすることを目指しています。実は、心拍の変動から交感神経と副交感神経の状態が分り、ストレス状態や居眠りの兆候を捉えることができるのです。
いずれシートベルトを使ったモニタリングを
―では、今年度の前半に行われた研究の概要をご紹介ください。
この研究では、先ず、マイクロ波ドップラーセンサーと加速度センサー、赤外線距離センサーを組み合わせた非接触型の生体モニタリングデバイスを作るだけでなく、そこから心拍と呼吸の精度の高い情報を抽出するためのアルゴリズムを開発することにも力を注ぎました。
実は、非接触型の生体モニタリングデバイスは、ドライバの体の動きや服擦れ、クルマの振動などのノイズを拾ってしまいます。そのため、得られるデータは、心拍と呼吸のみならず、それらのノイズが混じったものとなってしまいます。ですから、なるべくノイズを拾わないこと、そして、ある程度のノイズが入っていたとしても、そこから心拍と呼吸の精度の高い情報を抽出するということは非常に重要な課題だったわけです。
ちなみに、従来技術では、非接触型のデバイスで心臓の一拍ごとの心拍は把握することはできません。せいぜい30秒から1分ぐらいの間の平均心拍数しか捉えられないのです。しかし、これでは我々が必要としている心拍数の変化を高精度にモニタリングすることができません。ということで、今回のアルゴリズム開発においては、ノイズ除去に加え、一拍ごとの心拍数を捉えられるようにすることも同時に目指しました。これは、世界初の試みとなっています。
―それら研究の成果はいかがでしょう?
デバイスもアルゴリズムも、だいたい目指していたものが出来上がりつつあります。それで、2016年度後半に行う予定だったプロトタイプによる大学構内の道路での実証実験も前倒しで進めています。クルマのフロント部分にデバイスを置き、それでドライバにマイクロ波を照射し、心拍や呼吸を測っているのです。

―その実証実験では、思った通りの成果は得られているのでしょうか?
いいえ、それがまたしても思わぬ課題が出てきまして……。
停車している状態での体動ノイズの除去等はうまくいったものの、実際に外を走ってみると、例えばマイクロ波がクルマの中で乱反射したり、クルマの外まで飛んでいって建物に当たって帰ってきたりといった現象を起こし、データをノイズだらけにしてしまうことが判明したのです。非接触でデータを取るためにマイクロ波を強いものにしたのが原因でした。
―解決の見込みはあるのでしょうか?
現在(2016年12月現在)、2つの方法で解決策を試しています。
ひとつは、マイクロ波を発するデバイスのアンテナ形状を工夫して指向性を高める、あるいは電波を弱くするなどして、1m以内のドライバの心臓の信号だけを拾うようにするというもの。そして、もう一つは、シートベルトにアンテナを付けて、それでドライバの心臓の動きを計測するというものです。
今のところ、被験者3名で試した結果に過ぎませんが、後者のシートベルトにアンテナを付けて行うのが最もクリアにデータが取れ、効果的であることが分かってきています。ですから、今後はこの方法を前提にして研究を進めていくことになると思っています。
ちなみに、そのアンテナは、現状では大きく厚いものとなっていますが、いずれ薄くて小さいフィルムにして装着することを想定しており、それがシートベルトの規格にフィットすれば、実用化の目途が立つであろうと考えています。



完全自動運転でも日常的なヘルスケアに有用
―研究への助成は2016年度の1年だけですが、シートベルトへのフィルムアンテナの装着も含め、研究は続けられるのでしょうか? また、続けられる場合、自動車産業の企業などとの連携も視野に入っているのでしょうか? 今後の展望をお聞かせください。
はい、研究は継続させます。目標としては3年以内に実用可能なところまで持っていきたいと考えています。そして、そうなった暁には、企業との連携も進めていくつもりでいます
それで、理想をいうならば、5年位先には交通社会でこの技術が活用されるようにしていきたいとも思っています。5年位先というと2020年を少し過ぎたあたりで、世の中には自動運転のレベル3から4あたりのクルマが多く走りだしているかもしれませんが、完全自動運転でない限り、健康な状態にあるドライバの存在は欠かせないため、決して遅すぎる技術にはならないだろうと見ています。それに、たとえ完全自動運転になったところで、クルマに乗ること自体が乗員の日常的なヘルスケアに繋がるわけですから、有用性は高いまま維持されるものと信じています。
2016年度タカタ財団助成研究
「マイクロ波ドップラーセンサーを用いた車載応用非接触心拍変動・呼吸モニタリング技術の開発」概要
【研究代表者】
神戸大学大学院 自然科学系先端融合研究環 助教
和泉慎太郎
本研究ではマイクロ波ドップラーセンサーと加速度センサー、赤外線距離センサーを組み合わせた生体モニタリングデバイスと、心拍変動・呼吸抽出アルゴリズムを開発する。
マイクロ波ドップラーセンサーはマイクロ波を人や物に反射させ、周波数のずれから物体の動きを計測するセンサーである。
人体に適用することで呼吸や心臓の拍動を計測することができるが、体動が大きなノイズとなる。従って車載向けに応用する場合、体動と車両振動への対策が必要となる。そこで本研究では以下に示す3つの技術開発を行い、実時間動作可能な車載向け生体モニタリングシステムを実現する。
・目標(1)赤外線距離センサーを用いた体動ノイズの推定・除去アルゴリズムの開発
・目標(2)加速度センサーを用いた車両振動ノイズの推定・除去アルゴリズムの開発
・目標(3)実時間動作可能な生体モニタリングデバイス開発と実証実験
2016年度前期に(1)と(2)を含む運転時のデータ収集とアルゴリズム開発を行い、2016年度後期にプロトタイプシステムの設計(ハードウェア開発・試作)と実証実験を行う。