助成研究者インタビュー・自己紹介
交通弱者と四輪車との衝突事故による死傷者数削減のためには、自転車や歩行者の行動を踏まえた上での対策が重要。
- Posted:
- 2018/03/06
- Author:
- 水野幸治(名古屋大学大学院 工学研究科 機械システム工学専攻 教授)
タカタ財団・2017年度研究助成の対象テーマ
『ドライブレコーダによる実事故映像を用いた自転車・歩行者事故発生要因の解明』
この研究の概容について、水野幸治氏に語っていただきました。
実事故とヒヤリハットのドライブレコーダによる映像をもとに、
実事故とヒヤリハットを隔てる変数・閾値とそれに至った人的要因を明確にする。
―これまで、主にどのような研究を行ってこられましたか。
研究『ドライブレコーダによる実事故映像を用いた自転車・歩行者事故発生要因の解明』とどのように繋がっているのでしょうか。
元々運輸省(当時)交通安全公害研究所で自動車の安全の研究をしていました。事故分析、衝突実験、シミュレーションを一通り経験しました。そのなかで事故再現も行っていましたが、衝突後の痕跡のみでは事故要因や衝突速度などを求めるのには、限界があります。近年、海外では交差点カメラを使った事故再現の研究などがあるのですが、映像には説得力があり、事故発生要因を分析することができます。そこで、事故分析をするのに、映像を使うことができないかと考えていました。
愛知県産業振興課に自動車安全プロジェクトチームがあり、その下にある事故分析ワーキンググループにて事故分析を担当させていただいていました。平成26年度から愛知県警提供の事故データをもとに分析を行い、愛知県の事故の特徴を調べました。
平成28年度からは、愛知県タクシー協会と名古屋タクシー協会の協力を得て、ドライブレコーダの事故映像を収集して、分析を始めました。特に、タクシー協会の方からドライブレコーダが社会の役に立つならば、使っていただきたいとおっしゃっていただいたことが励みになりました。
―本研究の目標が、「実事故とヒヤリハットのドライブレコーダによる映像をもとに、実事故とヒヤリハットを隔てる変数・閾値とそれに至った人的要因を明確にする。」とあります。本研究についての概要と目的、実施した成果等の解説をお願いします。
ドライブレコーダについては、ヒヤリハットを中心として多くの研究が実施されてきており、ヒヤリハットに至った運転者の行動などが分析されています。しかし、ヒヤリハットでは衝突が起きていないために、自動車の運転者支援による衝突防止効果などを検証することは難しい面もあります。そもそもヒヤリハットと事故を隔てるものは何かというのを知りたいというのが最初の研究の動機でした。
自動車の速度を調べると、ヒヤリハットと事故では自動車の速度の分布に違いは見られませんでした。
また、自動車に対する自転車乗員の軌跡を調べると、ヒヤリハットでは自動車の中心線に近い方向から自転車乗員が近づくものが多いのですが、事故では自動車に対する角度が大きいという特徴がありました。
自動車が走行する前方には、自動車が停止できない領域(0.5G~0.6G以上の減速度を発生させなければ停止できない領域)があり、制動開始時点にこの領域に自転車が入ると、衝突が避けられないということがわかりました。
事故は運転者や自転車乗員の行動に何か特徴があるかというとそうではなく、むしろ、両者がともに何も回避動作を起こさないか、回避動作が遅れるために衝突に至っているということになります。
自転車事故の発生、すなわちその自動車の停止できない領域に自転車乗員が入ってしまう要因は主に二つあることがわかりました。
一つは運転者のブレーキの遅れによるものです。これは映像には事前に自転車乗員が現れているのですが、運転者は何らかの要因で気が付かないというものです。
もう一つは自転車乗員の直前の飛び出しです。飛び出した時には既に衝突余裕時間が1秒程度となっており、物理的に衝突が避けられないものです。運転者の視線も調べていますが、右左折事故では横断中の他の自転車や歩行者に気を取られることが多いようです。
―これまで同様の研究は存在しましたか。また、この研究の社会的意義の大きさについてお教えください。
ヒヤリハットの研究は数多くあり、ヒヤリハットは事故を代表するという考え方のもとに行われてきました。これまで、事故の映像とヒヤリハットの映像を比較して、事故要因を分析するという研究はありませんでした。
事故発生要因の分析はヒヤリハット、事故統計を用いて行われてきましたが、このようにして事故が起きたのだろうという予測や推測のもとに分析をすることがあったと思います。実際の事故映像では事故要因がこれまでよりも特定しやすくなりますので、新たな視点で事故分析を行うことができ、事故分析の新たな方法になると期待されます。
事故映像の分析によって、どうすれば事故が防げたのかという対策を、具体的に検討することができます。それは例えば、自動車の「衝突被害軽減ブレーキ(AEB)装置」の効果評価です。実際の事故の映像にあてはめて検討しますので、これまでよりも高い精度で効果を検証することができます。
―本研究の成果は、社会でどのように役立てられ、活用されていくことが期待されますか。
或いは、今後どのような形で社会に寄与していくべきとお考えでしょうか。政府機関や自動車会社との連携等は如何ですか。
現在、映像から得られた自転車事故の全数をコンピュータ上で事故再現しています。このことによって、現在の自動車の衝突被害軽減ブレーキによって、どのような事故が減らせるかを予測することができます。さらに、衝突被害軽減ブレーキの性能について、例えばセンサーの角度や自転車認知までの時間、ブレーキ性能などの各項目を変えることで、どのような事故が減少するかが示せると考えます。
さらに、衝突被害軽減ブレーキの性能を理想的なレベルまで上げても、最終的にどのような事故が避けられないのか明らかにしたいと思っています。これは自動運転が実用化された時でも、発生する事故ということになります。そのことで、将来の事故対策で何に重点をおくべきか、方向づけができるはずです。四輪車対自転車事故の場合、最終的に被害者をゼロとするために必要なのは、飛び出さないための教育なのか、ヘルメットの着用なのか、最終的には互いの車車間通信なのかもしれません。
これまで交通事故をゼロにするという目標が掲げられてきましたが、どのようにゼロとするのか、その手段として何が有効なのか必ずしも明確ではなかったと思います。事故再現を行い、様々な変数を変えることで、自転車事故の防止に関して何が有効なのか、ひとつの方向性が得られるものと考えて、研究を進めています。
政府機関や研究所でも同様の研究を開始すると聞いており、既にいくつかの情報を提供しています。これらの研究結果が政策にも関連してきますので、研究協力ができればよいと思います。また、愛知県の事故分析WGでは自動車メーカー、部品メーカーの方に入っていただいていますので、事故を減らすために、何が有効であるのかを議論させていただいています。
2017年度タカタ財団助成研究
『ドライブレコーダによる実事故映像を用いた自転車・歩行者事故発生要因の解明』概要
【研究代表者】
名古屋大学大学院 工学研究科 機械システム工学専攻 教授
水野幸治
これまで長年にわたり交通事故分析が行われてきたが、未だ事故発生の要因と防止方法は確立していない。申請者らは愛知県産業振興課とタクシー協会と連携して、実事故のドライブレコーダの映像データを収集している。このデータベースによって、運転者、自転車、歩行者の事故に至るまでの行動や衝突状況を知ることができる。
本研究では「実事故とヒヤリハットのドライブレコーダによる映像をもとに事故要因を解明し、有効な事故防止対策の提案する」ことを目的とする。
平成29年度の分析から、自転車事故は四輪車が0.9G以上の減速度を必要とするエリアに入ることで起き、事故発生要因が主として、運転者の認知の遅れと、自転車乗員の直前飛び出しの二つに分けられることがわかった。
平成30年度は、室内映像から運転者の視線も考慮した事故要因の分析方法を確立する。また、収集した全事故映像について事故再現をおこなうことで、自動ブレーキによる事故回避およびセンサー等の性能向上による効果を明確にする。これによって、自動運転の車において回避できない事故がどのような形態のものか明らかにする。
これらの回避困難な事故については、マルチボディプログラムによってヘルメットによる傷害防止効果を調べる。
平成31年度は、歩行者事故についても調べ、自転車事故との違いを明らかにする。